差動アンプの考察と評価
(2017.2.25作成)
アンプの製作記事で、終段を差動増幅としたものが結構多く見つかります。しかし自分で利用すべきか何か良い事があるのかを判断できる情報が不十分なので、PPアンプを作る前に自分で考えて試してみました。
最初の頃の記事で書いたように、差動増幅は微小信号を低ドリフトで増幅する為の回路方式であって、大振幅増幅向きではありません。その欠点を凌駕するだけの利点があれば良かったのですが...。
PPとの比較です。
PPは位相反転回路などでつくられた逆相の信号を上側と下側で単純独立に増幅し、OPTで合成して2次側に出力させています。上側の球(増幅系)と下側とは干渉がないので非常にシンプルな動作です。
差動増幅はカソード(定電流の制御回路)を経由して、出力が上下夫々のグリッド側へ帰還される複雑な信号経路で動作します(グリッド接地、カソード入力でお互いに接続してるという見方もできます)。そこが対称動作を生む要であり、新たな3次歪を生成してしまう(大振幅に不向きな)原因ともなっています。帰還ループを制御してる定電流回路(素子)の特性にも注意が必要です。
差動増幅の大振幅動作については簡単な概観で理解することができます(電圧と電流、実際の大小関係の表現は正確ではありません)。
アンプファンお好みの3極管による差動回路の動作を想定してみます。3極管単体での出力はプラス側が伸びてマイナス側は詰まった非対称(2次歪主体の)波形になります。
差動回路の上下に±対称な信号が入力されると、上側の球がプラス側へ伸びた出力(P電流は対称値(I+⊿)+α)、下側はマイナス側へ詰まった出力(P電流は対称値(I-⊿)+β)を出そうとしますが、合計でα+βだけ無信号時より電流が多くなってしまいます。実際は定電流回路がカソード電位を上昇させて定電流(2*I)を保つように働きます。カソード電位が上がるという事は、上側の球にとっては入力が小さくなったことになりP電流が減少、下側の球はマイナス入力がさらに加算されてこちらも一層P電流が減少、結局α+β分の増加が抑止されます。出力信号としては、上側の出力はプラス側に伸びきるはずの波形が詰まり、下側はマイナス側に詰まるずの波形が伸びて、夫々が上下対象の波形(いわゆる5極管風の波形:3次歪入り)に矯正されて、2次歪も同時に除去されます。従ってPPとは異なり片側の出力だけを取り出しても2次歪はありません(OPTによる合成は特に必要なし)。この一連の動作(矯正⇒3次歪生成)は非対称度が大きくなる(つまり振幅が電源一杯(CL)に近づく)程大きくなります。
入力が大きい(非対称度が大きい)とカソード電位が上がり(⇒バイアスが深い方へシフトする)結果としてゲインが小さくなる様相は、5極管特性にロードラインを引いて3次歪の発生具合を解説している図と相似です。大振幅になってロードラインの両端に近づく程特性ラインの間隔が詰まり(ゲインが小さくなり)3次歪を生成する...云々、と同じ状態(5極管特性相当)になるような動作をするのが差動増幅です。ただし差動回路が悪いのではなくて、使われる増幅素子が非線形特性(概ね2次歪特性)を持つのが原因です。増幅素子は概ねアノード電流(プレート、コレクタ、ドレイン)∝バイアス(グリッド電圧、ベース電流、ゲート電圧)の1.5~2.5乗なので、2次歪主体の特性になります。
ちなみに入力が片方だけでも動作原理は同じですが、電流バランスを保つためにカソード電位は入力の1/2(+非対称の補正分)だけ入力と同相にシフトします。なので入力信号を入力の無い側と1/2ずつを分け合う格好となり、両側入力の場合の2倍の入力が必要になります。
教科書などの説明は、増幅素子の特性が線形あるいは非線形の特性が無視できるくらいの微小入力を前提として書かれていますので、注意が必要です。
差動増幅の歪率特性については以前にも計算結果を示しましたが、再度Ip-Eg特性が
Ip = Eg ^ 1.7 (1.7乗の特性曲線)
で動作点を(1、1)として入力振幅と歪率の関係を計算すると下図の様になります。普通のPPでの3次歪はPP3、差動での3次歪はDiff3で示してあります。2次歪(PP2とDIff2)はPP/差動ともに原理は異なりますが打ち消されて出力されません。
PPでの3次歪は1.7乗特性の歪そのまま(シングルと同じだけ)が出力されますが、差動では前記の帰還(矯正)動作によって20dB近く増加してしまいます(1.5乗特性の場合は14dB増加)。差動で0.7以上の入力の計算値が無いのは、大振幅でのバイアス(カソード電位)シフトにより無信号時の見込みより早めにカットオフに達してしまう為です。CLもA1PPを想定した見込みから目減りします。ですから差動アンプを設計する場合は、前述のシフト量を見込んで動作ポイントをロードラインの中央ではなくバイアスの浅い方のアンバランスな位置に設定すると歪特性も多少(PPには及びませんが冪乗特性の計算上では最大1/2くらい)はマシになります。最終的(最善を求める)にはクリップ具合を見ながらの調整が必要です。
差動増幅は以上の観点だけが肝なので大振幅動作に関しては欠点しか無いですが、無理に利点を考えるなら欠点でもある強制的な対称動作です。
アンプ製作記事で歪率特性が掲載されてないのを結構見受けます。掲載されていてもバイアス調整後に測ってみた(歪率を見ながらの調整が出来ていないのでは?)、という印象です。
それでPPと差動で調整(バランス)不足だった場合にどうなるのか計算してみました。上側と下側で特性曲線を変えることで調整不足のモデルとしました。
まず、1.8乗特性と1.6乗特性をペアとした場合。
(PP2: PPの2次歪率、 PP3: PPの3次歪率、 Diff2: 差動の2次歪率、 Diff3: 差動の3次歪率)
3次歪の出具合は、殆ど1.7乗ペアの場合と同程度のようです。
しかし2次歪は打消しできなかった分がかなりの大きさです。でもこちらは3次歪の場合と逆で、PP(PP2)では打消せなかった分がそのままが出ている訳ですが、差動(Diff2)では対称動作の働きのせいか、PPより20dB近く抑えられています。
純粋な冪乗特性では2次歪が大半(下図: 1.7乗特性A1シングルの場合)なので、PPで調整不足などによりアンバランスになると3次歪とは比較にならないほどのレベルの2次歪が出てしまうところですが、そうはならないのが差動増幅の面目躍如というところでしょうか。
1.9乗特性と1.5乗特性のペアの場合。
2次歪は更に大きくなりましたが、差動が20dB近く優っているのは変わりません。
ここまでずれたままでPPの完成品にしてしまう事は無いでしょうが、経年変化でペアがバラバラに劣化した場合とも考えられます。最大振幅の1/2以下なら差動増幅の特性(THD)が優っています。
こうしてみると差動アンプは、調整(球のペアリングを含む)が悪い場合(あるいはあまり気にしなくても)、低出力の範囲ではPP並もしくはより良好な特性が出せる、というのが特徴と言えそうです。
球の経年変化を考えると、アンプ製作直後は良くても定期的にメンテできない制約のアンプを作る場合は、選択肢の1つとして考えても良いかもしれません。かなり劣化するまで特性をそれなりに維持できそうなので。歪率特性については、多めのNFを掛けておくか定格出力をCLの1/2~1/3程度としておけば並の性能としておけるでしょう。
効能を無理やり持ち上げてはみましたが、やはりちゃんと調整されメンテされるPPアンプと比較すれば、勝負にならないと思います。
実験
計算結果について、実際はどうなのか簡単に試してみました。
自分の実機では使いませんがP-SG直結の3結で試験しました。手頃な球の選択肢は余りありませんが、アンプ作りを始めてから調達した10GK6を2本(ペア非選別品です)、特性ズレのサンプルとして中古の6GK6と6BQ5をペアとして、夫々をRL5/7KΩ(OPT-15P)、PP/差動増幅の組合せを動かしました。
試験はPP実験回路を使いました。ただ差動アンプを作る(動かす)だけならドライブはシングル用で簡単に済ます事ができる(立派な利点)のですが、何故か世間の製作例でそのような構成を見かけません。私の関知できてない問題(理由)があるんでしょうか...、謎です。
Eb 約245V
Ik 45mA
Ec(10GK6-1) -6.8V
Ec(10GK6-2) -7.2V
Ec(6GK6) -6.8V
Ec(6BQ5) -5.8V
差動増幅で動かすために、定番の定電流回路を入れました。
NJM317の定電流(R設定)を90mAに調整し、入力端子(≒Ek)が5.6~6.0VになるようEcバイアスで調整しました。
10GK6×2
周波数特性(レベルとDF)はRLの違い以外で差は見られなかったので、最初の10GK6PPでの値を代表として載せておきます。
RL 5KΩ
RL 7KΩ
PP RL 5KΩ
CL(1KHz)=2.0W
差動 RL 5KΩ
CL(1KHz)=2.3W
ペア非選別でしたが結構マッチングが良かったようです。
2次歪はPPより差動の方が幾分少ないです。しかし差動での3次歪の増加量が半端でないです。PPでは1.5WくらいまでTHD0.2%ですから、20dB以上の酷い劣化です。
RL5KΩでは7KΩに比べて振幅波形の非対称度が大きいせいでしょうか、劣化も顕著になったようです。
PP RL 7KΩ
CL(1KHz)=2.0W
差動 RL 7KΩ
CL(1KHz)=1.9W
5KΩに比べると大分マシですが、CLに向かっての3次歪増加具合は同じ傾向を示しています。
PPでは出力・低域特性を上げるためにRLを低めに選ぶこともありますが、差動では逆に非対称度を抑えるために高めのRLが良いかもしれません。
6GK6/6BQ5
PP RL 5KΩ
CL(1KHz)=1.7W
差動 RL 5KΩ
CL(1KHz)=1.6W
非ペアの代表として一寸極端だったかもしれませんが10GK6×2と比較すれば物凄い2次歪量です(シングルと比べれば可愛い量です)。計算で見たとおり差動増幅の方が3次歪主体ではありますが、PPより若干良好な特性になってます。流石というべきでしょうか。そして2次歪と3次歪の量が見事に逆転してます。
PP RL 7KΩ
CL(1KHz)=1.7W
差動 RL 7KΩCL(1KHz)=1.5W
7KΩでも5KΩの場合と同様に差動の方が良い特性になりました。
ついでの実験
差動回路は電源の電流変動が無いですから、増幅特性はダメでも電源レギュレーションに対する耐性が大きい事は強みです。前の記事で書いた音量変化(ADSR)の追随性を保証するための有利な特性だと考えられます。ですがその為に増幅特性の悪い方式を使うというのは本末転倒ですね。
それで10GK6PPでバースト信号を観測してみました。
いろいろパターンを変えて漸く問題?を発見できたと思ったのですが、これ出力管入力と同波形でした。つまりドライブ(差動)回路と2か所のCR結合(多分これが犯人)のどこかで作られた変形でした。PP/差動の振幅追随性に関する比較はまた何時か仕切り直しとします。
試験バースト信号 100Hz 10cyc + 無信号(20cyc相当期間: 200msec)
出力端子(8Ω)での観測結果 (2V/div、 20ms/div)
結論
計算による特性の傾向が実機でも確認できました。10GK6の2本、比較的そろった特性だったようですが、結果を見ると本当のペア品または準ペア品を差動増幅で使うのは余りに勿体無い感じがします。逆に非ペア品に対しては予想どおり差動増幅の有用性が確認できました。
今回実験しませんでしたが音量変化(ADSR)の追随性、カソードバイアス(CR結合も含めて)も主犯格なのかもしれません(片鱗が見えてしまいました)。電源は作り方次第で堅固にもできますが、普通のカソードバイアス(コンデンサを抱かせてるもの)は本質的に出力変動(バイアス変動)を避けられません。変動量ということでは一般的にシングルよりPPの方が大きいので音量変化(ADSR)の追随性もシングルより劣るでしょう。コンデンサがあるので過渡的な挙動も怪しげな感じがします。コンデンサ容量を大きくすれば良いという単純な話でもありません。
差動増幅を出力段で使うのは、やはり安直な設計・素子で作ってもそれなりの性能が出せる、球の特性劣化への耐性がある、という辺りが売りかなと思います。測定器(歪率計)を持たずにテスターだけでアンプを作るような場合とか、他人(アンプの素人さん)の為にアンプを作る場合には良いかもしれません。あるいはデータシートの特性を鵜呑みにしてロードラインを決め、それに基づいたIp値などを合わせるだけで調整完了とするようなアンプ製作の場合では、PPより差動増幅の方が平均的に良い特性が出せるかもしれません。
先にも書きましたがドライブ(初段)に位相反転が不要なので、非常に簡単な構成でSEの倍出力のアンプが作れることは利点だと思います(この点は少し魅力です)。ただその構成(SEドライブ+差動増幅終段)のアンプ製作例を見たことはありません。
しかし、歪率特性を含めた調整手段を持ち定期的に調整保守できる場合には、性能やCPに関してPPに比ぶべきも無く、差動増幅を終段に使用する価値はありません。
余談ですが、ネットにTr差動増幅の歪を減らす回路方式(Tr×4)の記事がありました。真空管アンプ(大振幅)に適用できるのか、管球はバラツキが大き過ぎるのでTr(IC)の世界だけの話か私の知力では良く分かりません。取り敢えず記憶に留めて置く事にします。
終段を3極管や今回のように標準3結を使用する場合はバランス調整がCGバイアスだけで限界がありますが、5極管の3結の場合はEsg調整も使うことでより良好のバランス調整が可能となり、私のアンプ(PPアンプ)作りは従来の想定通りで、終段に差動増幅を採用(試用)する理由は無くなりました。
アンプの製作記事で、終段を差動増幅としたものが結構多く見つかります。しかし自分で利用すべきか何か良い事があるのかを判断できる情報が不十分なので、PPアンプを作る前に自分で考えて試してみました。
最初の頃の記事で書いたように、差動増幅は微小信号を低ドリフトで増幅する為の回路方式であって、大振幅増幅向きではありません。その欠点を凌駕するだけの利点があれば良かったのですが...。
PPとの比較です。
PPは位相反転回路などでつくられた逆相の信号を上側と下側で単純独立に増幅し、OPTで合成して2次側に出力させています。上側の球(増幅系)と下側とは干渉がないので非常にシンプルな動作です。
差動増幅はカソード(定電流の制御回路)を経由して、出力が上下夫々のグリッド側へ帰還される複雑な信号経路で動作します(グリッド接地、カソード入力でお互いに接続してるという見方もできます)。そこが対称動作を生む要であり、新たな3次歪を生成してしまう(大振幅に不向きな)原因ともなっています。帰還ループを制御してる定電流回路(素子)の特性にも注意が必要です。
差動増幅の大振幅動作については簡単な概観で理解することができます(電圧と電流、実際の大小関係の表現は正確ではありません)。
アンプファンお好みの3極管による差動回路の動作を想定してみます。3極管単体での出力はプラス側が伸びてマイナス側は詰まった非対称(2次歪主体の)波形になります。
差動回路の上下に±対称な信号が入力されると、上側の球がプラス側へ伸びた出力(P電流は対称値(I+⊿)+α)、下側はマイナス側へ詰まった出力(P電流は対称値(I-⊿)+β)を出そうとしますが、合計でα+βだけ無信号時より電流が多くなってしまいます。実際は定電流回路がカソード電位を上昇させて定電流(2*I)を保つように働きます。カソード電位が上がるという事は、上側の球にとっては入力が小さくなったことになりP電流が減少、下側の球はマイナス入力がさらに加算されてこちらも一層P電流が減少、結局α+β分の増加が抑止されます。出力信号としては、上側の出力はプラス側に伸びきるはずの波形が詰まり、下側はマイナス側に詰まるずの波形が伸びて、夫々が上下対象の波形(いわゆる5極管風の波形:3次歪入り)に矯正されて、2次歪も同時に除去されます。従ってPPとは異なり片側の出力だけを取り出しても2次歪はありません(OPTによる合成は特に必要なし)。この一連の動作(矯正⇒3次歪生成)は非対称度が大きくなる(つまり振幅が電源一杯(CL)に近づく)程大きくなります。
入力が大きい(非対称度が大きい)とカソード電位が上がり(⇒バイアスが深い方へシフトする)結果としてゲインが小さくなる様相は、5極管特性にロードラインを引いて3次歪の発生具合を解説している図と相似です。大振幅になってロードラインの両端に近づく程特性ラインの間隔が詰まり(ゲインが小さくなり)3次歪を生成する...云々、と同じ状態(5極管特性相当)になるような動作をするのが差動増幅です。ただし差動回路が悪いのではなくて、使われる増幅素子が非線形特性(概ね2次歪特性)を持つのが原因です。増幅素子は概ねアノード電流(プレート、コレクタ、ドレイン)∝バイアス(グリッド電圧、ベース電流、ゲート電圧)の1.5~2.5乗なので、2次歪主体の特性になります。
ちなみに入力が片方だけでも動作原理は同じですが、電流バランスを保つためにカソード電位は入力の1/2(+非対称の補正分)だけ入力と同相にシフトします。なので入力信号を入力の無い側と1/2ずつを分け合う格好となり、両側入力の場合の2倍の入力が必要になります。
教科書などの説明は、増幅素子の特性が線形あるいは非線形の特性が無視できるくらいの微小入力を前提として書かれていますので、注意が必要です。
差動増幅の歪率特性については以前にも計算結果を示しましたが、再度Ip-Eg特性が
Ip = Eg ^ 1.7 (1.7乗の特性曲線)
で動作点を(1、1)として入力振幅と歪率の関係を計算すると下図の様になります。普通のPPでの3次歪はPP3、差動での3次歪はDiff3で示してあります。2次歪(PP2とDIff2)はPP/差動ともに原理は異なりますが打ち消されて出力されません。
PPでの3次歪は1.7乗特性の歪そのまま(シングルと同じだけ)が出力されますが、差動では前記の帰還(矯正)動作によって20dB近く増加してしまいます(1.5乗特性の場合は14dB増加)。差動で0.7以上の入力の計算値が無いのは、大振幅でのバイアス(カソード電位)シフトにより無信号時の見込みより早めにカットオフに達してしまう為です。CLもA1PPを想定した見込みから目減りします。ですから差動アンプを設計する場合は、前述のシフト量を見込んで動作ポイントをロードラインの中央ではなくバイアスの浅い方のアンバランスな位置に設定すると歪特性も多少(PPには及びませんが冪乗特性の計算上では最大1/2くらい)はマシになります。最終的(最善を求める)にはクリップ具合を見ながらの調整が必要です。
差動増幅は以上の観点だけが肝なので大振幅動作に関しては欠点しか無いですが、無理に利点を考えるなら欠点でもある強制的な対称動作です。
アンプ製作記事で歪率特性が掲載されてないのを結構見受けます。掲載されていてもバイアス調整後に測ってみた(歪率を見ながらの調整が出来ていないのでは?)、という印象です。
それでPPと差動で調整(バランス)不足だった場合にどうなるのか計算してみました。上側と下側で特性曲線を変えることで調整不足のモデルとしました。
まず、1.8乗特性と1.6乗特性をペアとした場合。
(PP2: PPの2次歪率、 PP3: PPの3次歪率、 Diff2: 差動の2次歪率、 Diff3: 差動の3次歪率)
3次歪の出具合は、殆ど1.7乗ペアの場合と同程度のようです。
しかし2次歪は打消しできなかった分がかなりの大きさです。でもこちらは3次歪の場合と逆で、PP(PP2)では打消せなかった分がそのままが出ている訳ですが、差動(Diff2)では対称動作の働きのせいか、PPより20dB近く抑えられています。
純粋な冪乗特性では2次歪が大半(下図: 1.7乗特性A1シングルの場合)なので、PPで調整不足などによりアンバランスになると3次歪とは比較にならないほどのレベルの2次歪が出てしまうところですが、そうはならないのが差動増幅の面目躍如というところでしょうか。
1.9乗特性と1.5乗特性のペアの場合。
2次歪は更に大きくなりましたが、差動が20dB近く優っているのは変わりません。
ここまでずれたままでPPの完成品にしてしまう事は無いでしょうが、経年変化でペアがバラバラに劣化した場合とも考えられます。最大振幅の1/2以下なら差動増幅の特性(THD)が優っています。
こうしてみると差動アンプは、調整(球のペアリングを含む)が悪い場合(あるいはあまり気にしなくても)、低出力の範囲ではPP並もしくはより良好な特性が出せる、というのが特徴と言えそうです。
球の経年変化を考えると、アンプ製作直後は良くても定期的にメンテできない制約のアンプを作る場合は、選択肢の1つとして考えても良いかもしれません。かなり劣化するまで特性をそれなりに維持できそうなので。歪率特性については、多めのNFを掛けておくか定格出力をCLの1/2~1/3程度としておけば並の性能としておけるでしょう。
効能を無理やり持ち上げてはみましたが、やはりちゃんと調整されメンテされるPPアンプと比較すれば、勝負にならないと思います。
実験
計算結果について、実際はどうなのか簡単に試してみました。
自分の実機では使いませんがP-SG直結の3結で試験しました。手頃な球の選択肢は余りありませんが、アンプ作りを始めてから調達した10GK6を2本(ペア非選別品です)、特性ズレのサンプルとして中古の6GK6と6BQ5をペアとして、夫々をRL5/7KΩ(OPT-15P)、PP/差動増幅の組合せを動かしました。
試験はPP実験回路を使いました。ただ差動アンプを作る(動かす)だけならドライブはシングル用で簡単に済ます事ができる(立派な利点)のですが、何故か世間の製作例でそのような構成を見かけません。私の関知できてない問題(理由)があるんでしょうか...、謎です。
Eb 約245V
Ik 45mA
Ec(10GK6-1) -6.8V
Ec(10GK6-2) -7.2V
Ec(6GK6) -6.8V
Ec(6BQ5) -5.8V
差動増幅で動かすために、定番の定電流回路を入れました。
NJM317の定電流(R設定)を90mAに調整し、入力端子(≒Ek)が5.6~6.0VになるようEcバイアスで調整しました。
10GK6×2
周波数特性(レベルとDF)はRLの違い以外で差は見られなかったので、最初の10GK6PPでの値を代表として載せておきます。
RL 5KΩ
RL 7KΩ
PP RL 5KΩ
CL(1KHz)=2.0W
差動 RL 5KΩ
CL(1KHz)=2.3W
ペア非選別でしたが結構マッチングが良かったようです。
2次歪はPPより差動の方が幾分少ないです。しかし差動での3次歪の増加量が半端でないです。PPでは1.5WくらいまでTHD0.2%ですから、20dB以上の酷い劣化です。
RL5KΩでは7KΩに比べて振幅波形の非対称度が大きいせいでしょうか、劣化も顕著になったようです。
PP RL 7KΩ
CL(1KHz)=2.0W
差動 RL 7KΩ
CL(1KHz)=1.9W
5KΩに比べると大分マシですが、CLに向かっての3次歪増加具合は同じ傾向を示しています。
PPでは出力・低域特性を上げるためにRLを低めに選ぶこともありますが、差動では逆に非対称度を抑えるために高めのRLが良いかもしれません。
6GK6/6BQ5
PP RL 5KΩ
CL(1KHz)=1.7W
差動 RL 5KΩ
CL(1KHz)=1.6W
非ペアの代表として一寸極端だったかもしれませんが10GK6×2と比較すれば物凄い2次歪量です(シングルと比べれば可愛い量です)。計算で見たとおり差動増幅の方が3次歪主体ではありますが、PPより若干良好な特性になってます。流石というべきでしょうか。そして2次歪と3次歪の量が見事に逆転してます。
PP RL 7KΩ
CL(1KHz)=1.7W
差動 RL 7KΩCL(1KHz)=1.5W
7KΩでも5KΩの場合と同様に差動の方が良い特性になりました。
ついでの実験
差動回路は電源の電流変動が無いですから、増幅特性はダメでも電源レギュレーションに対する耐性が大きい事は強みです。前の記事で書いた音量変化(ADSR)の追随性を保証するための有利な特性だと考えられます。ですがその為に増幅特性の悪い方式を使うというのは本末転倒ですね。
それで10GK6PPでバースト信号を観測してみました。
いろいろパターンを変えて漸く問題?を発見できたと思ったのですが、これ出力管入力と同波形でした。つまりドライブ(差動)回路と2か所のCR結合(多分これが犯人)のどこかで作られた変形でした。PP/差動の振幅追随性に関する比較はまた何時か仕切り直しとします。
試験バースト信号 100Hz 10cyc + 無信号(20cyc相当期間: 200msec)
出力端子(8Ω)での観測結果 (2V/div、 20ms/div)
結論
計算による特性の傾向が実機でも確認できました。10GK6の2本、比較的そろった特性だったようですが、結果を見ると本当のペア品または準ペア品を差動増幅で使うのは余りに勿体無い感じがします。逆に非ペア品に対しては予想どおり差動増幅の有用性が確認できました。
今回実験しませんでしたが音量変化(ADSR)の追随性、カソードバイアス(CR結合も含めて)も主犯格なのかもしれません(片鱗が見えてしまいました)。電源は作り方次第で堅固にもできますが、普通のカソードバイアス(コンデンサを抱かせてるもの)は本質的に出力変動(バイアス変動)を避けられません。変動量ということでは一般的にシングルよりPPの方が大きいので音量変化(ADSR)の追随性もシングルより劣るでしょう。コンデンサがあるので過渡的な挙動も怪しげな感じがします。コンデンサ容量を大きくすれば良いという単純な話でもありません。
差動増幅を出力段で使うのは、やはり安直な設計・素子で作ってもそれなりの性能が出せる、球の特性劣化への耐性がある、という辺りが売りかなと思います。測定器(歪率計)を持たずにテスターだけでアンプを作るような場合とか、他人(アンプの素人さん)の為にアンプを作る場合には良いかもしれません。あるいはデータシートの特性を鵜呑みにしてロードラインを決め、それに基づいたIp値などを合わせるだけで調整完了とするようなアンプ製作の場合では、PPより差動増幅の方が平均的に良い特性が出せるかもしれません。
先にも書きましたがドライブ(初段)に位相反転が不要なので、非常に簡単な構成でSEの倍出力のアンプが作れることは利点だと思います(この点は少し魅力です)。ただその構成(SEドライブ+差動増幅終段)のアンプ製作例を見たことはありません。
しかし、歪率特性を含めた調整手段を持ち定期的に調整保守できる場合には、性能やCPに関してPPに比ぶべきも無く、差動増幅を終段に使用する価値はありません。
余談ですが、ネットにTr差動増幅の歪を減らす回路方式(Tr×4)の記事がありました。真空管アンプ(大振幅)に適用できるのか、管球はバラツキが大き過ぎるのでTr(IC)の世界だけの話か私の知力では良く分かりません。取り敢えず記憶に留めて置く事にします。
終段を3極管や今回のように標準3結を使用する場合はバランス調整がCGバイアスだけで限界がありますが、5極管の3結の場合はEsg調整も使うことでより良好のバランス調整が可能となり、私のアンプ(PPアンプ)作りは従来の想定通りで、終段に差動増幅を採用(試用)する理由は無くなりました。














